□兄の本音、
人目についてしまう目立つ赤いジャケットと腰から下がっている大剣を隠しもせず、むしろ堂々としたように、賞金首―ラグナ=ザ=ブラッドエッジは人波の中を歩いていた。
背も割と高い方で更に目立ってしまうのだが、これが意外にも賞金首だと他の人にはバレないのだ。でも、こそこそしている方が変に怪しまれて感づかれる場合もある、というのもあるし、配布されている手配書には全身図は載っていないし、似顔絵が酷く似ていないのもある。
まぁおかげでこうして街中を歩いていてもバレないのだからよしとしよう。
そんなことを思いながら歩いていると、ふと小腹が空いているのに気付いた。
何か簡単に食べようと思い近くにあった喫茶店に入る。そして目に飛び込んできた映像に驚いて止まってしまった。
目で捉えた先には弟であるジンがいた。それだけでも驚くがさらに驚いた理由があった。
あの、ジンが、
(昔っから、人見知りで泣き虫だったジンが、)
穏やかに笑っていたのだ。
あんな顔はラグナの記憶(とは言っても幼少時代のみだが、)の中ではおそらく自分にしか向けられることのなかった類のもので。
それにラグナにはわかる。あれは愛想笑いとか作り笑いじゃない。あれは、ジンの素の笑顔だと。
あのジンをそんな風に笑わせられる人物が一体誰なのかとても気になり、顔を見てみることにした。
相手の死角になる場所に移動してそっと盗み見る。
相手は女の子だった。
ジンに釣り合いそうな、上品な雰囲気の漂う赤い髪の少女。彼女もまた穏やかに笑っていた。
ラグナの頭に一つの可能性がよぎる。あの少女はもしかして、ジンの大切な、人なのではないかと。
ジンもそういう年頃なんだと、なんだか嬉しくなる反面、なんだか気にくわなかった。
あれでもたった一人の弟で。もし、本当はあまり良くない女だったら?…そんな考えが頭をよぎると次から次へと不安要素が出てくる。お節介でもあるラグナは二人をつけることにした。
*****
喫茶店を出て人波に紛れて後をつける。
人の影に隠れながら近づいていき、声が聞こえるか、聞こえないかの距離を保つ。
「せっかくの休日なのに、付き合わせてしまってすまない。ツバキ、」
「いいえ、気にならさらないで。私もちょうど買いたいモノもありましたから、丁度良かったです、」
そんな会話が聞こえてくる。見た目通り、仲はとても良さそうだ。
そのまま二人は大きめな雑貨店へと入っていく。
ラグナは入りはせず、あまり怪しまれないようにガラス越しに二人を見ていた。
アクセサリ売り場であれこれ手に取って、二、三言葉を交わして元に戻すを繰り返しながら何か選んでいるようだった。
ずっと見ているつもりではいたがなんだか悲しいような複雑な気分になって、止めた。
そっと踵を返してまた人波へと紛れ込んだ。
*****
それから数日後、ラグナは人気の無い路地裏をゆっくりと歩いていた。
しかし思い浮かぶのは先日の光景ばかり。見知らぬ少女。自分にしか見せることのなかった穏やかな顔。楽しそうな声。
数日かけてようやく自分がショックを受けているのだと受け入れた。
自分にだけ向けられていたものが今は違う人間に注がれている。
それがなんだか悔しかった。
(小せぇ時はあれだけ面倒だと思ってたのにな……いざ離れる時が来るとこれかよ。キョウダイ離れできてねェのは俺だけじゃねェか…、情けねーな…)
自分に対して嘲り笑うと後ろから呼び止められた。その人物はつい先程まで自分の思考の大半を占めていた人物で。
「兄さん!」
「!、ジン、」
普段とは違った穏やかな雰囲気でこちらまで駆けてくる弟。目の前までくると何やら小さな箱を出してきた。
「はい、」
「…なんだ?コレは…」
「もうすぐ兄さんの誕生日でしょう?渡せる内に渡しておこうと思って。何日か前に幼なじみの子に協力してもらって選んだんだ、」
そこでラグナの思考が一瞬止まった。
「あー…幼なじみって、女?」
「うん、そうだけど…どうかした?」
「いや、なんでもねェ。ありがとな、」
穴があったら入りたい気分だった。全部自分の早とちりの勘違いで、勝手にショック受けて、嫉妬して、まるでただの子供だ。でも、ほっとしてしまったのも事実なのでさらに恥ずかしい。
なんだかジンに悪くてその日1日は何事もなかったかのようにジンと過ごしてしまった。
(いずれそういう日が来てしまっても、)
(今はまだ、このままで。)
リクエスト「ラグナ、色々と勘違いする」です。
あんた…、それはブラコンですぜ…。レイチェルがいたら、色々といわれそうで(笑)。
燈月さん、有難うございました。
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